「理学療法士やめよう」薄々感じていた気持ちが確信に変わったのは、大学4年の春でした。
本記事を読まれる方へ
初めまして!データアナリティクスの部屋サポート担当、兼、現大学院生のKojiroです。大学時代は理学療法という医療・リハビリテーションに関わる学問を学んでいました。通常であれば病院や介護施設等で働く、もしくは医療・リハビリテーション分野の研究者となるのが王道キャリアパスとなる職業なのですが、
そんな私がなぜ、”21世紀でもっともSexyな職業”と言われるデータサイエンティストという道に迷い込むことになったのか、その経緯についてお話します。
この記事が読んで頂いた方にとって、小指ほどでも何かのきっかけになれば本望です。
学部時代の私
理学療法士をあまりご存じない方もいらっしゃるかもしれませんが、怪我や病気の後に立ったり、座ったり、歩いたり、そういった基本動作ができるようにリハビリテーションをする専門職です。スポーツをされていた方は、もしかしたらお世話になったかもしれませんね。
学部時代の私はその理学療法という学問にまさに”溺愛”しておりました。どれぐらい溺愛していたかというと、一回数万する勉強会に参加したり、時間があれば参考書を読み漁ったりと、大学生の”なけなしのお金”と”有り余る時間”を最大限に投資することを一切惜しまないほどでした。さらに、テーピングや応急処置を含むスポーツトレーナーの知識を学び、大学運動部の選手サポートするのが活動内容という少し変わった部活動にも所属し、ラグビー部でのサポート活動にも熱を注いでいました。
大学3年にもなると、全身の筋肉や関節の仕組みも大体理解し、「この関節をこう動かすと、この筋肉はこう反応するだろう」などと理論的に考えられるようになっていたのですが、ある時、トレーニングやストレッチなどをいくら理論通りやっても、思ったように相手の体が反応していないことに気づきました。初めは自分の実力不足として、勉強のモチベーションに変えられたのですが、だんだんと、違和感のようなものを感じるようになり、それが正体を現したのは大学4年の春、病院に配属され、理学療法の実務を学ぶ病院実習が始まった時のことです。(ちなみに学生の9割が睡眠不足に陥るというのは有名です)
ある日、睡眠不足でぼーとしていた私に気遣いしてくれたのか「この関節をこう動かすと、筋肉が緩んでくるのがわかるでしょ?」と患者さんのリハビリテーションをしていた理学療法士の先生が声をかけてくれました。実際にやってみると「なるほど、ほんとですね!」とその時は言ったものの、心の中ではこう思ってました。「いや、全然分からん!!」
見学後、理論上は存在する体の反応だが、自分には感じられなかっただけなのだろうと思い質問してみたところ、その返答は驚くべきものでした。
「うーん、おそらく〜〜〜だろうと思うけど、具体的には分からないんだよね」
その後も色々な先生の見学をして、その都度疑問を投げかけましたが、どの答えも、どこか曖昧さを含むものがほとんどで、実習を終える頃には一つの結論にたどり着きました。
そもそも人体の奇々怪界なメカニズムが全て解明されている訳もなく、理論通りになるはずなどないということ、そして、理学療法士とはロジックやエビデンスを使いこなす”サイエンティスト”ではなく、少しの仮説と経験、そして直感のようなものを使いこなす”職人”や”アーティスト”なのではないかと。
医療にはロジックやエビデンスによる”サイエンス”の部分と、経験と直感による”アート”の部分が必要であるとはよく言われます。もちろんどこの世界でも、理屈だけで片付く問題なんてものはほとんどありませんが、医療(特にリハビリテーション)の分野が他と大きく異なるのは、実践に対する結果の、何が成功で何が失敗なのか、この評価が困難であるため、職人技のようなアート的なスキルが重視されてしまう文化があることです。そのことが、私には宗教やスピリチュアルのようなものであるようかのように感じてしまい、この職業を続けていくのは無理だと悟りました。
そこで決意しました。理学療法士をやめようと。
データサイエンスとの出会い
理学療法士に違和感を感じ始めた頃から、研究の道も視野に入れており、アートが気に入らないならサイエンスにどっぷり浸かるしかない、と思った私は大学院に進学することになりました。
私が進学したのは、働く人の健康や安全に関わる”産業医学”という分野の研究室、しかし、入学当初の私といえば、全身の筋肉や関節の仕組みを話せるぐらいで、産業医学などという分野の知識は皆無であったため、とりあえず研究テーマに関する論文を読み、それをまとめてはご指導いただくという日々を過ごしていました。
そんな中で、研究においては”どんな仮説を元にしているのか”、”どうやってデータを集めたのか”、”どんな解析をしたのか”、”何を持って結果を判断したか”、などなど全ての過程において合理性が求められるということをなんとなく理解してきました。そう、これはまさに私の求めていたサイエンティスト的な考えだったのです。
その後は、高校で数学を投げ捨てたほど数学嫌いだった私でしたが、論文の中で使われる統計学の解析手法には興味が湧き、大学図書館の恩恵を最大限に活かしながら統計学の参考書を読み漁りました。さらに、研究の中でセンサー情報を扱う必要があったため、Rを使ったデータの加工や解析も並行して学んでいきました。
ちなみに私の研究テーマは”座っている時間が長いと不健康なるのか”というオフィスワーカーなら誰でも興味を持ちそうなテーマで、スマホのセンサー情報から座っている時間を推測し、健康との関連を検討するという内容です。ありがたいことに環境にも恵まれ研究は楽しくやらせて頂いており、学会発表なども”まじめに”やっています。
研究からビジネスへ
入学して半年ほど、社会の中で明らかになっていない事象を明らかにするという研究者の役割に惹かれてはいましたが、どちらかといえば前線に立って自ら課題を解決していく、そんなビジネスの考えも好きだった私は、課題の解決というよりも、発見することに重きが置かれる研究の立ち位置に何となく引っ掛かりを感じていていました。他にも自分の強みを生かせるような職業がないものかと思っていると”データサイエンティスト”というワードが目にとまり、調べてみると、
データ・サイエンティストとは、さまざまな意思決定の局面において、データにもとづいて合理的な判断を行えるように意思決定者をサポートする職務またはそれを行う人のことです。統計解析やITのスキルに加えて、ビジネスや市場トレンドなど幅広い知識が求められます。引用元: SAS HP
これをみた私は、”データサイエンティストが呼んでいる”、そう思いました。
データサイエンティストになるために
さて、データサイエンティストに呼ばれたはいいものの、実際にどうすればなれるのか、どんなスキルが必要なのか、右も左も分からない状態でしたので、とりあえず、データサイエンティストの求人と名のつくサイトを訪問し、求めるスキルセットを調べることにしました。”が” 困ったことにその多くは、プログラミングの実装を中心としたエンジニアスキルがほとんどでした。
”まざまな意思決定の局面において、データにもとづいて合理的な判断を行えるように意思決定者をサポートする職務”がデータサイエンティストじゃなかったのでは?もしかして全然呼ばれてない?
今さら、ごりごりと数式やプログラミングを書ける人と対等に働けるとは到底思えず、なんとか私の強みを生かせるようなデータサイエンスの仕事はないものかと探していると、いくつかの企業で、”おそらく”私を呼んでいるデータサイエンティスト職が存在することを知りました。その中の一つに応募し、”The”理系出身者の応募者が多い職であったことを知っていた私は、「データ解析手法やアルゴリズムそのものよりも、それがどのように社会に還元され、課題解決になるのかということを重視しています!!」ということをひたすらアピールしたところ、なんとか拾って頂きました。
拾って頂いたからには、数学、プログラミングまったくわかりませんでは話にならないので、統計学の応用的な手法や機械学習関連にも手を出し始めました。学んだことを忘れないようにとブログなどにもまとめております。
医療職からデータサイエンティストを目指すということ
さて、長くなってしまいましたが、この記事を書きながら、改めて自分はデータサイエンスを使って何ができるのだろうと考えていました。
現状データサイエンティストの定義は曖昧です。医療を学び、研究を学んだ私ができること、それはおそらく
課題をデータに落とし込み、客観的なエビデンスに基づく解決策を社会に提供すること
であると勝手に思っています。
私は、研究や医療現場での答えのない問題を、課題として扱えるところまで分解し、その人や社会にとって最善となる解決策を提案するという部分が好きでした。おそらくそれは、私のイメージするデータサイエンティストの役割と、本質的には変わらない気がしています。
最近はデータサイエンティストの過熱が収まりつつあり、どんなデータサイエンティストが生き残り、どんなキャリアを歩むべきか、そんな話もちらほらと聞かれるようになってきました。到底、私が答えられる問題ではありませんが、個人的には、データサイエンスはまだまだ社会に価値を提供できる領域であると信じていますし、自分の力をどこに注げば、自分が社会の中でよりよく生きることが出来るか、そんなことを考えながら医療とデータサイエンスを学んだ人間ならではの価値を発揮できたら、それはとても良い人生だなと思っています。
最後に、こここまで記事を読んで頂いた方本当にありがとうございます。もし、これからデータサイエンティストを目指したいという方は、ぜひとも一緒にデータサイエンスの可能性を模索していきましょう!!
※もしこの記事によって不快な気持ちになられた方がいらっしゃいましたら、一学生の戯言だと、暖かく見守って頂けると幸いです。もちろん一方的な批判でなく、建設的な批判はお待ちしております。